スピリティアルな解釈

素粒子、ミッシングリングの発見に霊的な解釈

旧約聖書の創世記に 
神は六日目に獣と
人を神に似せて創った。

アメリカ人 ニール・ドナルド・ウォルシュ著 吉田利子訳 サンマーク出版
「神との対話」
2001年に初版

上記の著書は作者がある日、神様にもんくたらたらと手紙を書いた。
返信という啓示を受け
その答えを本にした著書である。

著書の中で神様は

「人は神と同じに造って物質の世界で愛を経験できるようにした。
そして人は神と同じように物質世界で何でも創造(作り出せる)できるのである。」

自分の人生も家も車も人は努力することによって作り上げることができるのである。
人の強固な精神力と行動が重要な条件ではある。
また、多くの人が一つの方向に精神・行動が向くと、より強力に早く創造できるのである。

その創造物とは何も形のあるものにとどまらず、神と同じようにすべてを創造できると啓示されている。

量子論、相対性理論では
素粒子の挙動は観測者の立場によって相対的に変わるし、
電子の観測は場所を特定すると速度は特定できない。 とされた。(今でも変わっていないと思います。)

つまり何を求めて人が観測するかで素粒子の挙動は変わってしまうとも言える。
これは、人の精神力や行動によって素粒子、並びに素粒子の挙動は創造されてしまうのである。
とも、解釈できる。

すると、人が何かが存在すると確信し、行動するとその素粒子はできてしまうのである。
あるいは一つの素粒子が挙動を換えて現れるように見えるだけかもしれない。

超大型高速加速器LHCは本来の目的である重力の発生に関係している
「ヒッグス粒子(場)」の発見が最終目的と言われている。
また、カミヨカンデはニートリノを発見する目的であった。
さらに、シュリーマンはトロイの町を見つけようと探し巡って発見した。

そう考えると、巨大な装置や人の精神的エネルギーは物質をも創造してしまうとも考えられる。
従って、素粒子(場)は学者の精神エネルギーでいくらでもできると言うことに成る。

終局の素粒子はきりなくできるのではないかと思う。
 いい加減なところでそのエネルギーを
愛の創造に向けるべきとも考えられるが・・・・・・・・・・・・・・。

余談:::::::::::::::
高校時代、無線クラブで精神力の強弱を計測するのに 交流電源にスイッチを付け
切った瞬間は + OR − なのかを計測した事があった。
通常の交流電源は1秒間に50回+と−が変化するものであるが、
人が念じると明らかに念じた方が多く計測されたのである。  これは一体どういう訳なのか
当時は全く理解でいなかった。
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ミケランジェロ 天地創造

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