パンダ保護と人間保護

どちらも同じような顔していますが、さて ?   あなたはどちらを保護しますか?

自然

人間もいろんな種類がいますが 大きく分けて 金持ちと貧乏人に分けるのがもっともわかりやすい?
(範囲は1000km2の範囲)

何せ、思考の回路がこの二つに大別できるからです。
パンダを保護したい  −−−−−−−  金持ち
人間を保護したいーーーーーーーーーー 貧乏人

本来なら 全員パンダ?  いや 人間のはずなのだが  なぜか 裕福になると人間以外に情けをかけるのである。
たまには鯨という方もいらっしゃる。
どなたかが 自分の資産をねたみ 狙ってる。 てな、 精神的ストレスウイルスに多かれ少なかれ感染します。
その点 貧乏人は持ってるものが知れたもの 誰もねらわん。  美人おくがたを持ってるやつ以外はです。

自然界には保護するという概念はありません。  どこかのライオンがシマウマを助けたり、野牛が牧草保護で進入
禁止地区をもうけたりしません。

人間だけが 明日の糧を心配するかのように 蓄積(貯金)したり 心配したりします。
それによって人間が今のようにはびこったのです。  ただし、その期間は高々 一億年に満たない期間です。
自然界の歴史からみればわずかな期間です。

もし、生物の地球における存続期間が
正規分布だとしたら、急激に増殖した生物群は急激に絶滅することになる。
さて、それは小生には 予測不可能である。

他の種を保護する自然界の動物もいるが それは糧をうるためである。
しかし、人は違うのである。  同属同種に飢餓があろうが 愛玩のため他の動物に平気で糧を与えるのである。

それは 、 自然の法則に反するだけである。

私たちは自然は忌避 (いみきらう) するものであり  神から与えらた、人間らしい生活をすべきであるとして
屈折したキリスト教的な解釈が大道を進んできた。  しかし、いかに解釈しようと自然を好きなように弄繰り回し
必要なものを根こそぎ奪い 自然界のバランスが崩れても人は意に介さない。

それは、自然の法則で解釈するならば 淘汰される。ということに成るのが自然の法則である。
(アレロパシー)

どんな法律を作ろうが、どんなに軍事力を持っていようが、巨大サイクロンや太陽の巨大フレアに比較すれば
まったくのところ 消し飛ぶようなものである。

無限の宇宙、巨大な地球の営みに太刀打ちはできない。

人が人の苦しみを知って それを意に介さず パンダを保護しようなどと思い上がった思考は
自然という強大なパワーの下では
まったくのところ意味をなさない。

  パンダを含め、絶滅危惧種は生息環境が人間によって破壊されたか、または他の理由で環境に
適応できなくなった生き物達である。
もはや 救うことはできない。(愛玩用なら別)

パンダ以前に人が思わなければならない環境や生物はいくらでもいる、いくらでもある。

人を救えるのは人だけである。 人がこれからも生き続けるという概念に目覚めるなら。
まったく 発想が違うのである。

地球は飽和水槽と考えられるから、全体の環境が最適であるなら、大きな変化は無く 太陽からのエネルギー
で保全される。

しかし、何らかの事由、 たとえば 太陽活動の減少 、炭酸ガスの増加等が急激な場合は適応できずに
地球環境の変化となる。

その環境センサーが自然界の動物なのである。

したがって、保護されるべきは絶滅危惧動物ではなく 環境ということになるが、環境を保護しようとすると
貧困な住民は無視される。 糧を得る土地を無くし 移動 他の環境を破壊する。

悪循環スパイラルになる。 現にこれは水面下で大きな問題になっているのである。

この循環を解決するには まずは 住民の保護優先、 これが無ければ 情緒的な自然保護などは
まったく無意味な行動なのである。 このことを理解したいと 私は 思うのである。

























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