アナログレコードとCD

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私は、両方好きである。

アナログ派は情緒的な特質を強調するし、デジタル派は電気特性を強調する。
どちらも一理ある。

単に物理的な特性は機械が判断する特性であるし、情緒的な評価は人がする。

そこで、勘違いする人がいらっしゃる。

情緒的な判断というのは、単に耳だけではない。 
人の感性は一般的に言うと五感でするモノであるから アナログレコードの針飛び
等も情緒を醸し出す。

デジタル派の方々は、針飛びなどCDでは皆無、針のこすり音も同様、機械特性としては
最悪である。
だが、古いレコードのジャケットのシミを見ながら、傷ついたレコード板のノイズを聞きながら
私の時代をさかのぼることは、この傷ついたレコードでなければできない。

しかし、時代が現代に近づくと曲の持つ思い出時代的な情緒は薄れ、
その曲自体が待つ情緒だけが、より強く成ってくる。
 
これは、私の人生が長くなったせいなのかもしれないのだが。

従って、新曲を聴くのに、ノイズはいらない。 どうしてもノイズなど入れたければ
デジタルミックスでいくらでも好きなノイズを入れ込めるのである。

わざわざ、ノイズを入れることは滅多にしない、手品のネタ晴らしのようで興ざめである。

これらのことは、アンプについても同様である。 電気特性を総合すると真空管など
ゴミ である。
 少々言い過ぎである、真空管好みの方にはご容赦願う。
 (自己弁護:小生は メーカー不明改造 KT88 PP プリはLUX真空管仕様)

電気は莫大に使うし、物理特性は悪い、寿命は短い、あつい、挙げ句の果て高価である。
  
(真空管交換 調整も面倒、高電圧で危険 命を落とし人もいる)

どんなにがんばっても石ころのアンプにかなわない。

だが、情緒的に見るならば、私と同じ欠陥だらけの機械が一生懸命に音を出している。
しかも、生きている証に ほんのり赤いヒーターをともしている。
この情緒は人が情緒の動物であることを思い出させるのである。

この欠陥機械と、物理特性の最悪なレコード板がセットになると 情緒を醸し出すための
舞台は十分すぎるほどである。

つまり、レコードは世の中の辛苦をなめた時代に、音楽という情緒を獲得した
エイジ(年代)に生きたモノだけが味あうことのできる情緒マシンとも言える。
 が、若い世代の懐古趣味の方々も多くいらっしゃる。 趣味の機械というモノは単に
物理特性や電気特性だけで選ばなくても良いのである。




















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