AIの判断基準

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いまはやりの AI 人工知能は正誤 善悪 等の判断を如何にするのであろうか??


これは大きな問題なのである。
 現在利用されているAI と呼ばれるものは正確には人工知能ではなく
単なる自動判別装置である。 何回かの訓練によって判断できるようにした
機械である。
将棋の手と同じで、かなり多くの判断材料があり その中からの選択か
合成である。
善悪の判断などは五体を持った、そして愛を理解できないと判断できない。
正誤も同様である。 つまり物事の方向性の判断。

 何故 そんなことが必要なのか? 人の行動は
 神道で言うところの産霊(むすひ) 景教(キリスト)の言う愛 仏教の慈悲が最終目的でなくて
 はならないのである。

今、
作ってる人間自体もその判断はできない。

つまり、人間とはいったい何のために生きている? 目的は? 愛とは
多くの疑問の中で葛藤し 苦しみながら 右往左往しながら生きている
それが人間で それは AIにはできない。

それらの判断も機械に法律 判例を覚えこませてればできそうだが
情緒などの判断基準は人の数ほど相違があり情状などの判断など機械には
不可能である。

一番良い例が天気予報である。 予報にかかわる情報などは人の情緒と
同じぐらい情報がおおいからである。
天気予報は
自然現象をセンサーでマクロにとらえ過去の事例から類推するに過ぎない。
それでも大筋よそくできるのであるが、自然の世界は構成される素材も条件も
将棋や車の運転などの様に狭い範囲ではないし、同じように反復もしない。
時々想像もつかない反逆を試みる。カオスに至るが カオスの本質は誰にもわからない。
だから、カオスなのだが。

つまり当たらないのである。せいぜい当たっても30%といったところで 野良猫予報と
同程度で落ち着く。

小生は現在のAI と呼ばれるものを人工知能と呼びたくない。
せいぜい専門の自動運転装置ぐらい に 呼称を改めるべきである。
本当の人口知能など 人にできるはずもなく、神 (イワシの頭ともいう。) をも恐れない所業だ。

所詮 機械に真実と事実の違いなど理解できるはずもない。こんぴゅーたーの限界を
知らしめた バタフライ効果がそれを物語ってるのである。

本当の人工知能ができるなら、生物も作り出せなくてはいけない。
今現在、科学と呼ばれる現代の占い師ができるのは せいぜいたんぱく質の合成程度
でその中の悪がウイルスなど作って時々人々を苦しませる。

その造ったウイルスとて所詮改造である。 どっかのウイルスを持ってきてRNAの塩基の連結を
いじくりまわすだけだ。

生き物(またはウイルス等)の
構造は分かっているのだが、制作できない。 ウイルス一つできない科学者が
最もその複雑な構造の脳を模擬した結果の知能など常識的に考えてできるはずもない。

ただの自動機械なのである、したがって あまり期待しないほうがよろしいと思われます です。

つまり 人工知能と呼ばれるものは CPU とセンサー ストレージ(記憶倉庫)がくっついただけの
大型PICのようなものだ!!

貴方が持っているPCとステレオアンプと何にも変わらない。
センサーとソフトを交換すれば出来上がる。
商売人が人工知能と呼ぶと売れる。 と言い出した プロパガンダ 誇大広告なのである。












2020/09/07-2