宗教の誤り

世界の宗教という宗教の全てを知る由もない。また、哲学についても同様、せいぜいプラトンの
対話集を読んだ程度である。
しかし、ある方がおっしゃっていますが
プラトン以降の哲学書はプラトンの解説書であると。 すれば、プラトンだけ読めば事足りることとなる。

宗教については
せいぜい、自分の身の回りで見聞きする範囲しか知らないのであるが、どうも根源は同一のものであると
いう考えを小生は強く持っている。

宗教の聖典は神の言葉を伝える予言者、信託者によって口述伝承されたものを
人が後の時代に文字にした。  
神は完璧な存在であるとした場合 それを文字にしたところに人間の
意志が働くし、もし人間を神様が創造したとする、また神様が全能であるなら
未来も予知されるはずで、人間が神様に逆らう存在になるなら 
はじめから創造しないであろう。

例えば  
新約聖書

は「パウロ」(英名:ポール)が編集したもので、彼はキリストの弟子ではなし、生きたキリストを
見たこともないのである。。
また福音書の作者は4名しかいなかったりするのである。  

キリスト自身がお書きになった福音書は存在しない。 
仏教においても、イスラムにおいても同様である。
だが、
偉大な宗教の教祖になられるような方が存在したことは確かである。
弟子たちは、その教えを広く伝えたいという責任を強く感じ、
そして、 経典は後世の作者によって書かれたのである。 布教活動をする前提とし、
強い義務感に基づいて編集されているのである。
神様と同様に完璧な人間などありえない。 よって そこに、人間のあさはかさ、欲がでる。

人間は何方の作か?(生物)
キリスト、ユダヤ、イスラム、神道、仏教においても偶然できたとは書いてはいない。
神様が自らに似せて(コピー) お作りになったのである。
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人は神様のコピーであるから、実は神様と同じなのでは?
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とにかく
科学者の多くは、偶然できたに過ぎないと仰るが、そっちのほうがよっぽど信じられない。
なぜなら、勝手にできた生物を人間は未だに細胞一つさえも作ることができないでいるからである。

試験管に入れ込む材料は地球、いや、宇宙にあるありふれたものでるはずだし、太古の生物
も現在とかけ離れた環境であるはずはない。
簡単にできるはずであるが 未だにできないでいる。
とにかく人間が偶然にできたにしろ、 宇宙は何故存在する? 等 キリがない。
神様にご登場いただければ スッキリするが、神様と呼ぶことに抵抗があれば 不遜であるが、
いわしの頭でもいいのである。 神様はそん呼び方でも怒ったり、決してしない。
と、思うが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

そこに何らかの意思が働いたと信じることが、すべての宗教、哲学の基本となる。
でき方、作り方、順番等はその意思(神様)によって決められた。

現代の科学からすれば、手始めは真空
(何もない)に素粒子かエネルギーからとなるであろう。
すれば、あらかじめ決められた法則のとおりに140億年経てば人間ができるのである。
その意思を持った存在からすれば140億年などなんのことはない。
人間の一日程度でもないのかもしれない。 そんな思考の飛躍もその意思の方からすれば
何の問題もない。  

現代の科学者がその法則の一部を見つけ、「宇宙を作るに神は不要」等おっしゃった方が
いらしたが、無意味である。 法則をどなたが作ったか言い当てていないからである。

とにかく、
書面に限りがあるので結論を急ぐことにする。

人間は不完全な存在か
もし、あなたが前記した「意思」(神)はなく、偶然人間はできたとすれば人間の体も心も不完全かもしれない。
そして、今もなお 進化の途中かもしれない。
だが、人間に限らずすべての生物について不完全な箇所は見いだせない。
すべての生物は殆どは
完全なかたちで生まれてくる。 
      経年変化で劣化する部分はありはするが、である。
そう考えると、
人間に心が付属品とついてくるが、それも完全なものであろうと推測できる。
つまり、生まれた時は完全なものであるはずであろう。
機能としては完全なはずである。

生後覚える悪事などは神様から見ればご愛嬌であろう。
「悪い子ね。 めっ!」    程度なのであろう。
「あんたの魂は次の生で修正しなさい。」

というのが輪廻転生なのである。  人間にとってはとんでもない悪事も、命(人間)を作った方から見れば
肉体など何度も作れるので生死も大した意味はないのである。

そこで重要な誤りとは?
プラトンの対話集の代表作 「国家」 の最後の落ちに
「戦士、エルの物語」 がある。  詳細は長い文章ではないので最終の数ページお読みいただければ
わかるが、
つまり、魂のためになる「哲学」をしなければ地獄に落ちますぞ!!
ということなのである。

哲学を西洋文化の根源であることに間違いはないが、哲学おまえも!! まさに宗教である。
洋の東西の宗教、もちろん哲学も含め 魂の存在を肯定するならば
その魂を作った方は 
完璧につくったのである。

以下経典の常套句 (いつも言われていること。)

「 生まれながらにして、罪を背負ってる。
  人には悪い煩悩がある。
  欲に溺れる
  この経典、教科書を勉強しなければ 地獄に落ちますぞ!!」
  
  
宗教も哲学もこんな脅かしは、
  人を作った いわしの頭(神様) から見れば大きな お世話であるし、
  とんでもない冒涜ではなかろうか? 
  地獄に落ちると脅かさなければ信じないほど
  人間は不完全なのだろうか? はたまた、その経典に魅力がないのであろうか?
  
       それは神の存在を否定しているように
       私には聞こえるが・・・・・・・・・・・。


   神様は 人を地獄に落したり、魂を殺したりはしないであろう。
   自らがお作りになったものなのだからなのである。  
              ここに大きな、それらの経典の
                          誤りがあるようにおもう。
   この部分については明らかに編集者が加筆したに相違ないのである。

人は地獄に落ちる等と恫喝(おどし)されなくても真理を求めて、何らかの探求を
するのである。  
可能性は、 人すべてが所有している。 
特定の宗教や特定の学問(哲学等)にこだわることはない。 
 また、こだわってもよろしいが不知の人に 恫喝し誘導するのは 人の可能性を
 否定することになりかねず 神(いわしの頭)の意志に反するように思われる。


別な疑問
だが、人間は なんのために生まれたのか 知らない。
理解しようともしないのは、なぜなのだろか?  それを求めてうろつくのが人の
一生なのではないか?  金を溜め込むための一生では???????。

もしかして、知っているのに気づかないのでいるのかもしれない。
あの、青い鳥の物語のように・・・・・・・・・・・ね。


続くかもしれない・・・・・・・・・・・ 酔っぱらいの戯言かもしれませんな。

少々時間に限りがあり お粗末さまでした。


2013/04/21

全ての宗教がもし、その時代の人のために神が与えた啓示だとすると現代にそれを
伝えた事は大きな間違いになるのでは無いだろうか?
(人が編集したものは)

哲学で、真理は超自然的に神から与えられたものと思いこんだ。 しかし、人間を解剖しても
多くの人の知識を集めてもその存在は未だに見つけられない。
従って神は死んだのだと思いこむ哲学者もあらわれる。

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