恐ろしい神と優しい神

世界三大宗教の神様は、キリスト教をのぞき、恐ろしい神様です。

何故?

三大宗教とも、中東の厳しい自然環境で発生したのが原因です。
ただ、キリスト教の神様だけは「愛」(博愛)が基本理念になっているので
誰でも彼でも地獄に落としたりしません。

イスラムとユダヤ教では異教徒は間違いなく地獄です。 勿論日本教信者も
(宗教指導者の解釈)

自然環境が厳しいと何故?

中東に比べ我が日本は太古の昔から四季折々自然からの恵みが豊富で、はっきりって
ほんのわずかの労力で自然の恵みを手に入れることができる。
従って自然は恵みの神(上)様なので、祈る言葉も感謝が先に来る。
(日本教:神道)

中東ではよほどのことが無ければ黙っておいしい木の実など間違ってもない。
しかも、遊牧民などがほっつき歩いていて、いつ盗られるか分かったものではない。
厳しい環境なのです。  ほんのわずかでも信心を怠れば神様が怒りの鉄槌で容赦なく
人々を殺します。 従ってその恐ろしい自然環境(神様)のご意見に従っておかなければ
生きていけないと推測。  そこで自分らの部族(同一神を信じる部族)以外は敵と判断する
思想が芽生えるのは当然の成り行きなのです。
そのために、宗教指導者は厳しい規則を作り結束をしなければ 神様から見放され
全滅の憂き目に会うと誇張しなければ成らず、また敵を殺すことは 神様の御意志であると
言わなければならない。

昔から、その教えで生き残った民族は2000年前もそして、今もその教典に縛られる
のである。

最大の問題点
教典で他の宗教、思想を禁止している。

教典では他の宗教を信仰することは地獄に堕ち、死後苦しみにさいなまれると脅し宗教に限らず
思想的に孤立させるのである。
勿論、宗教指導者にとって都合の良いことなのである。
本当に神様が人間を創ったなら、信仰、宗教にかかわらず平等であるはずであるが、
多くの宗教指導者は神様の絶対性を信じていないのであるから、大きな錯誤である。

優れた神道(しんとう)の思想

縄文時代から日本では住居跡を見れば分かるとおり、円形に車座になって暮らしていた。
つまり、人には上も下もない、上に居るのは神(上)様で全ての物(人も自然の全てのもの)
が幸福に生きる事を最上とした。(ムスヒ:産霊)
ここから、「和を持って・・・・・・。」の思想が生まれた。
神様は感謝する物で、人を殺したり、させることはないし、争いごとを神様は嫌うのである。
なにせ、人は神様が創ったので何方も愛すべき存在なのである。

従って、日本には恐ろしい神様は不在であるし、世界でもそんな神様は居ないのである。
信仰しない人間を地獄に突き落としたりする神様など居るわけが無いのである。
それらは、全て人の創作物なのであろう、
もし、人に罰を与える神様が居たとすれば、神様とは言えず 出来損ないの人間である。

なぜなら神様は全知全能であるから完璧、完全なお方 従って失敗作の人間を創るわけがないし
創ったとしたならば、もはや全知全能とは言えず、従ったところでろくな事にならない。
また、失敗するかもしれないからである。  信じるに値しないとも言える。


小生は聖書が好きで神様を信じていますが、教典を鵜呑みにはしません。
なぜなら、それは人によって書かれた物であり、完全とは言えません。
不自然なところは当然自分で調べます。  そうしなければ私たちは大きな
誤りを犯す物なのです。 それは  不完全な人間だからなのです。





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