情報も量子論解釈を

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すべての情報は確率で判断すべきであり、その確率は
100%に至ることはない。

面倒な話であるが物理学ではすでに100年も前にこの考えに
至っていたが、思考や思想の中にはなかなか理解不可能だった。。

情報化の時代になって膨大な情報が入手可能になってこの考え方が
やっと姿を現してきた。

つまりダブルスリット実験のように情報が少ない場合は人が一個一個の情報を
確認できる時代だった。
現在 は無限に近い情報の渦に囲まれるともはや、情報の真偽の確認は
不可能である。

そこで考慮されるべきはどの情報にも100%真実はなく観測の事実がある
だけである。
その事実も組み合わせによっては、または選択によって真実を導き出す手法
が必ずあるはずだ。
いやなことに
量子論のパラドックスとして左絵のような現実がある。
人が観測していいる時 観測していない時 結果が違う。

これは情報ソースにも適応されるであろう。 情報量が多くなったといっても
以上のような量子論的な現実があることが昨今多くの方が感じているので
はないだろうか。

難し情報過多の時代だが物理学で量子論が成功したように社会情勢
情報処理においても処理・判断論が成功することを祈る。

ただ言えることは、自分にとって都合のいい情報を100%だと信じて
他の解釈を否定することなのだが これを理解するには
人は何年かかるのだろうか??

量子論のパラドックス

end

上記の不合理は神様コンピューターのバグである。
というのも 量子論解釈の一部にある。