民主主義と君主制

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ご存じの通り、二千年も君主制が続いている国は、世界で日本だけである。
良い悪いは別にし、さらに歴史的解釈はさておき、君主が二千年続いた国はない。
この事実は否定のしようがない。

さて、数千年の昔からの歴史では、プラトンが言うように、君主 名誉市民 寡頭、民主、僭主と
その政治体型を循環してきているのである。

プラトンが顧(かえり)みるに、その中で最も良いのは君主政治であったと言っている。
民主政治は寡頭(独裁)政治より下位であると言っている。
小生もその意見には賛成する。

小生も含め庶民は、世の中の浮き沈み、金の威力など見せつけられて 浮き世をわたるための
術を少しばかり身につけている。
従って、金持ちから、金がもらえそうだと すべてではないが 媚びし、おこぼれに預かろうとする。
また
その行動が最も強いのは政治家である。
それが民主主義の欠点である。
しかし 日本の君主(日本では天皇)は私有財産が無いし、もてない。 日本の法律、憲法でそうなっている。
天皇家と天皇では違うので 誤解無きよう・・・・・。

日本の君主である天皇は私有財産がもてないのである。  およそ世界の王、や独裁者でこのような
ことはあり得ない。
勿論、食うに困ることはないが、選挙権もないし、住民票もない。
つまり、異次元の存在なのである。  そもそもそれが君主なのである。

皆様がご存じな君主制は寡頭(独裁)政治なのである。
しかも、プラトンが言うように民主政治というのは政治体制としては最下位から二番目なのであるし、
独裁政治以下、つまり、北朝鮮以下 (北朝鮮は僭主だが) の政治体型だ。

かのプラトン(ソクラテス)が国家の中で言ったような絶対的な正義、徳が存在し得るのはそのような
存在しかないし、他にあるとすれば 絶対的な哲学者のみである。

民主政治の最も最悪なところは 金ですべてが決まるところである。しかし、君主に至っては
そもそも、金、財産の所有ができないからして、ワイロや献金など意味をなさない。
そんな、民主主義以上の国であるのが
                   日本であることを忘れるべきではない。

日本の恐ろしいところは

君主制であり 民主主義である。
その不思議は 「和」 にある。

西洋の民主主義は勘違いされている。 民主主義に多数決などなく 完全なる全員一致 が基本である。
他国では全員一致はあり得ないので異常として判断するお国もあるらしい。
だが 日本においては決めごとがどうであり 全委員一致 が基本原則 内容の良し悪しは別だ。
そのため
昔から根回しなどと言う寝技も存在、本音と建て前 もあり 。決めごとは柔軟に施行されるのが
原則


決まったことは君主が宣言するのである。

人間界においては最上位の天皇の宣言は神のお告げであったから、人の力ではどうにもならない。
これは 現在でも行われ 法律でも決められている。

西洋の神は大いなる昔に経典が決まった。 時代が変わっても経典は変えられない。 今では神様
と対話できる人がいない し 居たら超能力者か狂人扱いであろう。
決して変更はできない。
しかし、日本の神様の決めごは変更可能なのである。 そもそも日本の神道においては正式な経典は無い
に等しい しいて言えば 記紀(日本書紀 古事記)に由来しているが その内容は決定的な判断をしにくく
一つの逸話も数種あり時代ごとに選択できるように思える。

ムスヒ という言葉に代表される。
つづく (もしかした)














2021/04/04加筆