世界の宗教

ユダヤ、キリスト、イスラムは世界の三大宗教と言われるが、これは
西欧の考え方。
ほかにも、アジア、アフリカ、南米など多くの宗教が存在する。 ただ、表面的に信者なり信仰者が
多いのは三大宗教となる。
勿論日本では仏教と言いたいところだが、そうは成らない。日本は日本教である。

三大宗教の特徴

実は 現存の教典からすると、「神」様は同一なのであります。
不思議に思うのは日本人だけです。
つまり、全宇宙に神様が一人(一個)とするなら、名前が違っても同一となります。
勿論、キリスト教とユダヤ教は一連の流れの中に存在し、ユダヤ教の新しい救世主
して現れた、キリストを認めるか認めないかの違い。
さらに、イスラムはキリストより、より現代に近い段階で啓示(天使ガブリエル)を受けた
マホメットの伝承を教典にしています。
(キリストもガブリエルに啓示を受けた。)
従って、三大宗教はすべて関連があることになります。
 
※ユダヤ教の大きな矛盾点
    教典(旧約聖書)はユダヤ人を的(まと)にしているのである。民族の宗教であるにかかわらず
    白人や黒人が居る。ユダヤ教に改宗した人々であるが、旧約聖書ではあくまでユダヤ人のを
    対象にしているはずなのである。
    改宗した人々は アシケナジユダヤというが、その疑問について小生は未だに理解不可能である。

だが、落とし穴がある。

宗教というのは、教典の編集作業で当時の指導者の影響で改修されているのである。
そして最後の文句は一緒
 
「この教典に手を加えたモノは、罰が当たり地獄に堕ちる。」
三大宗教のすべてに、採用されなかったり、削除された教典は存在するし、あるいは
宗派によって伝承した教典(福音書等)に違いが存在する。
そんな事情もあって、宗派に分かれるのである。
だが、基本的に一神教の部分は長年にわたって変化が無かった。

日本教とは

坊主が妻帯したり、ベンツに乗ったり、肉を食らうのは日本と中国の一部の僧侶
ぐらいであろう。
出家した坊主(僧侶)がこんなことをするのは仏教からすると、とんでもないことである。
だが、事情もある。

日本は太古の昔から、外国語を翻訳して庶民が読む慣習が存在する。
翻訳途中で善意に解釈し、わかりやすく庶民に伝えようとしたのであろうが、ひどいモノである。
あげくの果てに、古来からの神道と合体させる器用なことまでした。

悪くはないが、これを仏教と言っては、いけない。
新興宗教のように、○○学会とか○○教と言えば、いくらか気休めになるが 仏教の経典の名を
宗派に使うのは、ほめられたことではない様に思う。

単純に日本は
「和を持って尊しとなす。」の民主主義教なのである。
これは、西洋のキリスト教民主主義と大きく違うのであるが、そのことに気づかない
先生方が多すぎる。

神道には統一された経典などないし、経典そのものもほとんどが地域によって
大きく変わるらしい。
多くの日本人に残っているのは、伝承された習慣としての神の存在なのであろう。

縄文時代から住居跡を見れば分かるとおり、円形に車座で生活していたように、

太古から神道(シントウ)ではその極意を 
「産霊」(むすひ) である。

生きる物全てが幸せに暮らすこと  

なのである。
日本教にも神様はいるが 前提はない、教典もない。 あるのは徹底的な民主主義のみである。
神様は人間では不可能なことを行う物 つまり 「上」 様 からきた意味である。
日常の生活で神様が直接関わることはあまり無い。 神様の命令で戦うことなど決して無い。
だから人殺しするようなジハードなど考えも及ばない。

「そんな馬鹿な!!」

声が聞こえそうです。  日本の民主主義は全員一致が大前提であるから、その中には
西洋の様な真理(神から与えられた。)もなければ、人を造った神様もいない。
多数決もない。 当然法律もない。 全員一致のみが存在する


自然と一体に成った人間が存在するだけ。 
と言うことは
和を保つのは 地域の住人に限定されること、となるのは当然の帰結であろう。
自然と一体に成っていないマンションの住人などは宇宙人であり、そのうち
ウルトラ星かマゼラン星雲に帰るモノなのである。
小生もここでは宇宙人である。

よそ者は安易に受け付けない、勿論、和の対称と成らない。
これが日本教の正体であるし、実態である。 この思考は今でも色濃く社会のすべてに
共通する文化となっている。
だが、その文化を理解していないのは、日本人自身であるから問題を複雑にしている。
宗教は悪い良いの問題ではない。 文化であるから評価はできないし、してはいけないモノである。
文化を否定されれば、命の問題ではない。 先祖代々をも否定することであるから、
死にものぐるいの戦争も辞さない。 その結果はみなさまご存じの通りとなる。

日本教を退治したい西洋の宗教団体は?

西洋人が考える日本教は、キリスト教的基本的人権も真理もない。
みんなで決めれば西洋の常識、日本の非常識となる。
しかも、死すら恐れない人民である。
何せ、死ねば身内に生まれ変わるから問題に帰さない。それどころか、あの世で先祖に賞賛
され、あの世で褒めちぎられるのであるから、鉄砲の弾の代わりもいとわない。
全く恐ろしい人民である。 そこで、
これを骨抜きにするには?

コーンパイプをすってるヤンキーが
簡単な発想で割にうまくいったのは基本的人権の付与であった。

これがあると、地域の住人だろうが無かろうが、同一の権利であるから「和」を保つことは不可
とあいなり、決まり事はすべてにおいて、不満がのこり、いざと成ると管理しやすかった。
不満分子をコントロールすれば西洋的な方向にしやすかった。
それが現在に至ったまでの経過である。

しかし、2000年に及ぶ文化は簡単には消滅しない。
日本教ウイルスは健在で、国会、会社、集落で依然として存続し続けている。
憲法だけでふぬけにするキリスト教的なヤンキーの発想はかなり、ほころびかけてきた
現状が表舞台に見え隠れしてきた。
そう思うのは小生だけでは無いと思うがいかに?

西洋宗教の闇が晴れてきた?

先に「現状の教典」と表現したのは、20世紀から21世紀にかけて、エジプトや
その界隈で、古いパピルスに書かれた宗教関連の文章(教典または福音)が発見された。
かなり衝撃的なモノである。
特に
「ユダの福音書」は最上級の激震 M10ぐらいと思われる。
また、アメリカで出版された
「前世療法」 「神との対話」 等も三大宗教の解釈に疑問を投げている。
是非一読願いたい。

特にユダの福音書は、例の裏切り者のユダの伝承であるから驚く。
存在は2世紀頃の宗教指導者が批判していることから分かっていたが、発見されていなかった。
実は、キリスト教の福音書は現在正式採用されている4つの福音書以外にも多く存在しているが

指導者によって削除・選抜されたのである。 (詳細を書くときりがないのでここでは記載しません。)

分かったことは、ユダがキリストに依頼されて裏切ったのであり、神は一人ではない。
キリストは原罪の赦免のために死んだのではなく、腐れ切ったこの世から
自分の王国に帰るために肉体から離れた。 さらに、この宇宙は劣悪な神が造ったので
汚れて不完全である。 それを知らせに来た。のであった。
これでは、教典に入れづらいし、下手をすると神否定になる。

これではキリスト教的解釈は根本から間違いと言うことになる。
多神教であり、なにやら日本の神話やギリシャ神話に近い印象を受けた。

今回はここまでとするが、
この続きをいつか書こう思っているが、待ちきれない方は 前記の3書と
できれば、「メノン」(プラトン著 ソクラテスの対話集)をお読み頂きたい・


ここまで、お読み頂いたことに感謝します。
著作 jo7nli 貧乏無線家    









続くかもしれない

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ここで言う日本教は
日本教本部(中濃/宗教団体)とは無関係です。
太古の昔から続く 日本文化の宗教観を 日本教と表現しています。