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私たち、文明社会に暮らす人間は、甚だしく科学的という迷信にどっぷりつかっている。
従って、科学的に言うと、死とは生命反応が無くなったことを
心電図や脳波で証明する。
何かメーター、数値が無ければ信じられないことになってしまっている。
文化としては最大の価値観がこの死なのである。

人間にとって一番大事で価値観が有るのは生きることなのであり、
それは、死を意識することによってのみ認識される。
TVショウで見られるのは死を意識しないで済むものに限定されている。
人は必ず死ぬのであるが、その肝心なことを無視するのが現代の文化、文明
なのである。
だが、いくら隠そうが、無視しようが、貴方には必ず訪れるのである。

蛇足***********
「生まれたときから死ぬことは定められた約束事で一連、一対の出来事である。
生きていることは、死の反対語に成らない。
反面、愛(真の愛)は心、魂(霊的)存在の物と考えられる。 従って永遠と
解釈できると思う。 信じない方もいらっしゃるが、信じる以外、この宇宙の存在を
肯定できない。」

蛇足完***********

また、死の対局に思われる、「生まれる。」ことが認識されていない。
生きていることのみが興味の対象に成っていることが残念なのである。

人間が、いや、動物がなぜ生まれたのか? さらに言うなら、宇宙が生まれた理由を
知らないし、科学で解き明かせない。  さらにレベルを下げると
サイコロを振ったとき、出てくる「目」(数値)すら分からないのである。 
天気予報もしかりである。
科学で分からないことの方が多いのだが、文明人は信用しない。
TVのニュースショウで言わない限り信用しないのである。
とくと見渡してみよう。

私たちに分かるのは、自分の目で見さわれる、自分の手の大きさぐらいで
あるのだが、それさえよくわからないのに、TVではイスラム教は危ない、仏教は
可笑しい等と言い出す始末なのである。

TVと言うものは、サザンの歌ではないが
「♪ 家に帰れば、テレビが無ければ生きていけません。
    
嘘でもいいけど 刺激が無ければ死んでしまいます。〜」
    (サザン:「私の世紀末のカルテ」より)
なのである。

科学は仮定で成たつ証明なのです。
科学で絶対的に解析不能なことがあることを知るべきだが、
基本的なところが分からないで、いるのが現代人である。

昔の人は死後の世界など百も承知なのであるから、死ぬことなど何とも思わない。
信じているからではない。  
知っていたのである。
何と科学という迷信におぼれ、現代文明で文化は劣化したのである。
「文化とは何か」参照)

科学は、利用しても信ずるべきではないにもかかわらず
偉い科学者が言う価値観を鵜呑みにしているし、また偉い科学者は死後の世界までも
強要するのである。
かの、ホーキングは地獄が無いことが証明できたと言ったのであるが、
その前に、自らの出生理由を証明しなければ成らないのである。
勿論、科学的に、再現性のある実験と、ともにである。
小生にとっては意味不明、論理不十分である。

人格の優れた科学者は神の存在を肯定するはずである。 何故なら自らが
生まれた理由を知らないからに他ならない。 つまり自分の生まれは神様に
その責任を負わせなければ、ほかに説明を求められるからで、
持論の正当性も自分の存在の正当性を確保できるからである。

素粒子が生まれた原因は説明できても、自分の存在を証明できないのは、
単なる言いたい放題の戯言。(少々失礼でした。:陳謝します。)

神様がいようがいまいが、信じようが否定しようが、人間以外の霊的な存在を
肯定したほうが得策である。勿論、偶然などと言う物もその方の範疇であろう。

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新約・旧約とも比例宗教学の一部に
紀元325年 
ローマ皇帝コンスタンチン大帝が輪廻転生(りんねてんせい)の部分を削除し 
紀元553年コンスタンチンノープル
で開かれた第二回宗教会議で削除が正式に認められたとある。
出典:PHP文庫 ブライアンLワイス著 訳 山川 こうや ほか 
前世療法 (英名:MANY LIVES MANY MASTERS)

キリストは輪廻し元のキリストとして復活している。しかし、一般庶民まで、もし輪廻すると
キリストの特殊性に一般庶民は疑問を持ちかねないので、削除したとも考えられる。

ギリシャ哲学の時代、ギリシャ信仰でも輪廻転生
(起想説)はあり、
霊から人間に転生する際、忘却の水をのみ、過去の歴史を忘れて生まれ変わる
としている。
だが、欲張りは多く飲むので、前世をすっかり忘れている。
しかし、欲が無く徳の高い人は忘却の水をわずかにしか飲まないため
この世に生まれたとき過去の才能を発揮し、天才等と呼ばれる存在となると
される。
そのために天才的な芸術家、哲学者が現れるのであるとする。


仏教の輪廻転生では、その人間の徳によって6道に選別されて転生するとしている。
勿論その中にはもう一度人間もあり得る訳である。
前世療法 
(英名:MANY LIVES MANY MASTERS)は米国の精神科の治療過程の
実話と言うことであるから、もし、真実であるなら仏教と変わらないことになる。

その方法は、催眠療法で時間をさかのぼりトラウマ(心の傷)を認識させて治療する
その過程において、何千年も前に患者が生きていたことが判明したのである。
ただし、死後しばらくの間、霊として浮遊している時期があり、その間は幽霊として
存在しても問題はない。 
後ほど、他の善良な霊(中間生:マスターと表現)に導かれ
次の生に生まれ変わりまた修行の生活が始まる。

修行がすすみ、
完全なる人格まで成長することができれば、この輪廻から脱し、神の近くで永遠の存在となる。
とのことである。
仏教で言うところの、解脱(成仏)とほぼ同じ概念となると思う。
ただし、日本の大大乗仏教と呼ばれる宗教には、修行がない(一部の宗派?)
教典を唱えれば、誰でも解脱できるとある。
大きな間違えでは無かろうか。  それが真であるなら、仏僧など不要となる。
再度チャンスは与えられるが、また生まれ変わり、一からのやり直しが与えられるだけ
であろう。

悪成る行為をしても、呪文を唱えれば解脱できたら、この世に善は無くなる。
肉体を持つ身では善なる行為の毎日は苦痛に成るのであり、
その苦痛を凌駕し、初めて善なる行為、徳のある行為が可能となるのである。

イスラム教はマホメットが天使ガブリエルの啓示を受け、伝承したものであるからして
キリストと同一の天使による啓示なのであるから、当然に輪廻の概念は含まれていたの
であろうと推測する。
その著書の患者は86回まで輪廻したと明確にこの著書で言っている。

徳を積めない魂はいくらでも輪廻を繰り返すとのことであるが
この患者の場合は、
平均寿命を50年とすると、4000年程度になり、この患者は4000年程度精神的な
存在となっているのである。

ところで、これらのことから、
多くの宗教は同じことを明示していることになる。

死後の世界とは
かなりの確率で人間は輪廻すると言うことなのである。

すれば、死をおそれることな無くなるのである。
だが、自分としては、前世がどんな人間で、かつ、今、残された時間で何を
しなければ成らないのか?何を学ばなければ成らないのか
そんなことが気になる。

とにかく、人の魂は不滅であることは間違いないようであるから
死ぬことをおそれることは何もないのである。
しかし、今生きている時間内に、すばらしい愛を体験できないと
魂は再度生まれ変わらねば成らない。
............................................
 勿論その愛とは肉欲の愛ではないし、一つしかない愛でもない。
 見返りを求めるモノでも、束縛するでもない。
 自らの魂は知っているが経験していないモノなのである。
 仏教、キリスト教、イスラム教でも同じである。
 自らの中に
 その知識はあるが、人は魂との会話に至らない。  自らの
 心と体が一体となったときしか魂との会話は成り立たないからである。
 だが、ありがたいことに人には無限の時間が与えられ、何度でもやり直せるのである。
 それが、輪廻転生なのである。

............................................
それは、しんどい。
できれば現在生きている間に、いくらかの修行をして、次の生で
楽をしたい物である。

蛇足ではあるが、
今自殺を考慮している方があれば、その苦しみは
前世からの物であるから、それをなんとしても乗り越さなければ
次の生においても同一の苦しみを味あうことと成るのである。

そんなしんどいことは一度で終わりたい。
自殺が多いのは、文明が発達した現在に生まれたからであろう。
残念! 生まれるのが遅かった!! 早かったのか??

何故なら、高ストレスの時代に成ってしまったからである。
だが、それを乗り越えられば、目的地は近く成ることは小生が保証しよう。

自殺者が多いと言うことは、人工が増え続けることに成るから、何とかしたい。
自殺してもすぐに生まれ変わり、いっこうに人工が減らないし
暗い顔の人が増える。
少しは、世の中明るくしてほしい。
これは、もうあまり先が無い、年寄りのお願いである。

何故なら、次に生まれ変わったとき、暗い時代だとしたらと、思うと
死ぬのがいやに成るからである。

明るい時代に生まれ変わりたいだけである。

ちょうど時間となりました。  お粗末様



なお、詳細について知りたい方は「前世療法」をお読みになることをおすすめする。

もう一つの解釈へ
パートUへ







死とは一体どういうことなのか? 実はおそれるに足りないのである
 著名な脳神経学の先生も臨死体験し、その考えを変更 天国は有ると言いだした。
科学と言う迷信にどっぷり浸かっている現代人ほど「死」を恐れる世代は今日まで無いのではないか?
また、西洋医学者は死を敗北と感じて、隠す。 よって 暗く恐ろしいものになってしまった。

少し前の世代、世界中の人々はあの「青い鳥」(メーテルリンク)の世界を信じていた。
臨死体験から分かること
医師の判断で死んだ人(勿論心臓は止まっている。)は脳に血液が通わない、電源の切れたPC
なのであるから、脳で造る夢物語と違う。 実際に世界中で多くその存在は確認されている。
現代医学の中にも、その例を多く見つけられる。
医学的に死に至った後に復帰した人はそれほどおおおくない。
電源が切れる前の臨死体験には天国地獄両方のイメージがあったようである。

プラトンの対話集の 「国家」の最終のオチに地獄のはなし「エルの物語」 があるがパートUで説明しているように
どうも単なる哲学を強制する脅しの匂いが、臭い。
だが、小生の調べたところ(ネット以外)では違っている。

注目したいのは、その多くが地獄を見ていないのである。 従って地獄などは無く、有るのは天国だけなのでは
無いだろうか? そう思うと死ぬことは喜ばしい事なのかもしれない。

死とは 一体どういうことなのか

愛とは?

人は何の目的で生きる?

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自殺を検討している貴方へ

もう一つの解釈へ

パートV ソクラテスの場合

神道(しんとう)で死とは

チベット仏教の場合

ギリシャ神話からパートW

人間の限界

非物質の世界

プラトン(国家)エルの物語輪廻転生図解

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パート2

パート3

パート4

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神は死んだか?

神との対話から