結果の平等は?

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コミニスト(共産主義)の常とう句 (常に使う宣伝文句)
ワクチンの配布を世界平等にの発想は危険

結果が平等など恐ろしい考え方なのである。
科学的には何の変化もありない。

つまり、熱力学的に言うならば 
       「 エントロピーが高い状態(飽和)状態 」
沸騰水はエントロピーが低いから エントロピーの高い外気との間でエネルギーの発生が
可能となる。

水というものは当初同一のエントロピーであったが熱を加えることによってほかの水より
エントロピーを低くしたのである。

このように物理的な動きをするにはエントロピーの高低が必須だ。 
人間のからだもこのエントロピーを利用した化学的な反応によってエネルギーを作り
活動している。

つまり、エントロピーの低いたんぱく質等を摂取し体内の各部署の運動エネルギーに変換している。

なにも、これらのことは物理的な変化に必要なだけではない。
人の場合 精神的なエネルギーというのは重要な人間としてのエネルギーなのである。

これもやはり重要な要素であり 低エントロピーの精神構造を吸収する必要が必須である。
それは発展するためでもあり生きるためでもある。

現に精神的な問題等で自死する方が絶えない。 食料の問題ではない。

それらの条件を考える時 何をしようが結果が同一 つまり エントロピーを飽和させることが
コミニストの目標とは いったい 人間とは鶏舎の鶏 となることを 目的としているとしか
思えない。

多くのコミニスト的な政治団体や福祉活動団体が
結果の平等 を主張するが、彼らは一体この世をどうしたいのであるか 小生には不明である。

問題は結果の平等ではなく 初期値の平等ではないだろうか。

そのむかし プラトンが言った理想の国家
   彼もあり得ないがと言って語った、

    「 子供たちの教育はすべて国家の責任で行う。 」

つまり、親は子供の教育には向かない。 未熟であり未経験だからである。
国をよりよくするには経験のあるものが子供の教育に当たり、よりよい国家を作るための
徳を身に着けさせる。 ことが最も重要

プラトンの著書 国家の一部の引用だが  この中でも語ってるが
 勉強のできる あるいは 運動のできる 者 速、良い教育者ではない。
プラトンは
 乗馬のうまいものが馬の調教ができるか? 分業は必須である とも言っている。

また、
  「ビーナス(天女)を描く画家にモデルは居ない 美しさを求めるが
        決していないのである ただ理想の美を求めるのである。
        そのために芸術(国)がある。     国家も同じだ。

     (意訳:JO7NLI )


ちょっと横道にずれたが
   結果の平等という発想は魅力的な言葉であるが 大きな間違いの潜んだ
   危険な発想なのである。 

同じよ言うな発想が自然保護がある。はっきり言ってしまえば人工的なものであろうが
この地球の大自然の現象であり それによって滅ぶのも自然法則である。

現状を維持しようとするほうが自然破壊なのであるから、自然保護ではなく現状維持活動と
名称を変更するべきである。

特に特定の動植物を保護する団体などあきれる。 人間があたかも自然界の動物では
なく 神様から特命を受けた天使である ごとく ふるまう。 そして反対者を傷つける
全く意味不明だ。

自由の発想はよろしいが 間違った発想は頑固なクレムリン(城塞)なのである。









えんど