運命という定めはない!?

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運命と勘違いするのは多くの偶然の積み重ねなのである。

とは分かっていても、しかし何故??
そう思ったことが人は何度もあるはずである。

実は偶然そのものが、目的を持っているからである。??

現代は科学という迷信にどっぷり、つかってその宗教から脱出できない。
科学では数分先の未来さえ予測できないのであるが、だれも信じないでいる。

日々行動する人々はすぐ数秒後には、偶然という人間の力でいかんともしがたい選択を
常に迫られている。 その偶然という出来事がもし無目的なら、宇宙からこの地球ができ、そして
生物が生まれ、宇宙をも理解しようとする人類が生まれることなど、あり得ないであろう。

その偶然という出来事は人の科学では全くのところ制御できない。
神様か、お天道様の仕業で人知を超える存在である。

偶然の出来事がもし、無目的ならば 運命などと言う言葉も生まれないのである。
しかし、幸福な運命だと思ったり、不幸な運命だと思うことは多々ある。

それは、こんな理屈だ
偶然と言うモノに目的があり、その偶然を演出する何かが存在するとした場合

そのモノは全宇宙をも、その偶然を利用して作り上げて、人も作り上げたモノである。
今も
人が存在することからして、そのモノは人を不幸に落とし入れ殺そうなどとは思うはずもない。

また、
人は意志をもち、偶然という多くの選択肢の中で、それぞれ全く違った人生を生き抜いていく
のである。
そうでなければ、人もアメーバーと一緒で同じ生活を営むことになろう。

それらのことから、偶然という出来事から出る、選択肢は本来選択を誤ることが無ければ
常に、すべて幸福になる様な選択肢が含まれているはずである。

不幸な運命と悲しむ前に、今の自分の生活の中で起きる偶然という出来事の中の選択肢を
見つめ直せば、幸福である人生と思える運命に転換できるはずなのである。

実は、偶然というモノにには、そんな意志が含まれているのであるが、人は目の前の欲に
引きずられ 選択を誤るようにできてもいる存在なのでもある。

しかし、偶然という出来事は尽きることはなく、常にわき出てくる永遠のイズミなのである。