幽霊のはなし

いるか居ないか? 
私は二度程面会しているので、居ると思うのだが  宗教的に言うと下記の通りになる。
日本的に見ると

キリスト教・・・・・・
死んだ人は裁かれてどこかに国に配置されるので居ない事になってる。
           ただし、三位一体として神様(父)子(キリスト)精霊(天使)が居ることから
           精霊は体を持たない。特に有名なのは天使ガブリエル。
           
          ※異論あり最後尾に解説あり。

仏教・・・・・・・・・・輪廻転生であるから、死んだ人は何かに生まれ変わるために居ない。

神道・・・・・・・・・・最も霊魂の現世への出現を肯定的に表現する。

原始宗教程その考えは大きい。

エクソシスト(映画)などで、牧師が悪魔払いなどを行うが、キリスト教的には異端である。
何故ならそんなものは居ないことになってるからである。
もし、そんなものがいたら根本的に宗教がおかしくなる。  何故なら全ての物は一つの神様が作った
のであるし、聖書に出てこない。(旧約聖書)
ただ、解釈として、堕天使(堕落した天使)が悪魔となったとされる解釈がある。
しかし、肉体を持たない天使であるから幽霊とも違うのである。

日本でも、お寺坊主が幽霊を念仏で退治する話が時にあるが、これも異端である。

日本は多神教であった事から、仏教でも、キリスト教でも神様の仲間として拝むことは何の抵抗もない。
キリスト教、イスラム教からするととんでもない 異教徒である。

幽霊など存在しない、悪霊も居ない、呪いもないとすれば、イスラエル軍が自らの神様の預言によって
国を作るために女子供をいくら殺そうが意に介さない。  呪われたりしない、それどころか、天国が
約束されるのである。
話が逸れそうである。話をもどして

古いイギリス(ケルト人の国)は日本に似て多神教で神話が多く残っている。
皆様がお気に入りの「ロード オブザ リング」等はケルト民話がそのもとである。
日本人には良く受ける。

そこで、確率論的に幽霊が居る確率がゼロでないなら、やはり備えた方が良い。
雨月物語の「菊のちぎり」では、まともな格好の義理の兄が幽霊として現れるが それは希で、多くは
亡くなった時のスタイルで出てくる事が多いと思おう。

小生の経験からも そうであった。
小生の経験からすると、本人は死んだことに気づいて居なかった。
幽霊自体自分が幽霊であるとは知らないのである。
私の場合はそれを判らせるのに一週間程かかった。  只、肝臓病で死んだ人だったので、いかにも
幽霊ですといった、白い服を着て△ずきんなど着ておらず、パジャマ姿であったと思う。
交通事故の人の場合も、外傷が殆ど無かったせいか、びっくりするような形相はしていなかった。
初めの人の場合は、ゆっくり話を聞き、死んだことを納得させたら二度と出てこなかった。
交通事故の人は、無言であったが、谷底に落ちていた車が発見(白骨)されてから出ることはなかった。

小生は山の中で一人でキャンプするのが好きなので熊や死んだ人より、生きている人間の方が
余程怖いと思っています。

長い間キャンプをやっていても幽霊のたぐいにその後、お会いできないで居ます。
もし、どこかでお会いするような事が有れば、ゆっくり話を聞く事を心がけます。
やはり、何かを伝えたいので出てきているので、形相や服装にびっくりしないで、お話を聞く心構えが
必要です。
貴方がもしお会いすることになったら、十字架を突きつけても、念仏を唱えても無駄だと思います。

仏教でもキリスト教でも居ないことに成っていますので その方々には何の事やら意味不明です。
また、貴方にも私にも霊魂が存在するなら、幽霊によって殺されたりしないはずです。
もし、そんなことをしたら、今度は貴方の霊魂が黙っては居ないでしょう。  けんかを売ってるような物です。
多くの人を陥れた幽霊は存在できないはず、殺された人が多くなれば、多勢に無勢となるからです。
一匹の幽霊では沢山の幽霊にかなわんでしょう。

少しは安心しましたか?


※ キリスト教の輪廻転生について 
新約・旧約とも比例宗教学の一部に
紀元325年 
ローマ皇帝コンスタンチン大帝が輪廻転生の部分を削除し 紀元553年コンスタンチンノープル
で開かれた第二回宗教会議で削除が正式に認められたとある。
出典:PHP文庫 ブライアンLワイス著 訳 山川 こうや ほか 
前世療法 (英名:MANY LIVES MANY MASTERS)
キリストは輪廻し元のキリストとして復活している。しかし、一般庶民まで、もし輪廻すると
キリストの特殊性に一般庶民は疑問を持ちかねないので、削除したとも考えられる。

仏教の輪廻転生では、その人間の徳によって6道に選別されて転生するとしている。
勿論その中にはもう一度人間もあり得る訳である。
前世療法 
(英名:MANY LIVES MANY MASTERS)は米国の精神科の治療過程の
実話と言うことであるから、もし、真実であるなら仏教と変わらないことになる。

その方法は、催眠療法で時間をさかのぼりトラウマ(心の傷)を認識させて治療する
その過程において、何千年も前に患者が生きていたことが判明したのである。
ただし、死後しばらくの間、霊として浮遊している時期があり、その間は幽霊として
存在しても問題はない。 
後ほど他の善良な霊(中間生:マスターと表現)に導かれ
次の生に生まれ変わりまた修行の生活が始まる。
修行がすすみ、
完全なる人格まで成長することができれば、この輪廻から脱し、神の近くで永遠の存在となる。
とのことである。
修行のチャンスは86回までと明確にこの著書で言っている。
平均寿命が50年とすると、4000年程度になり、一人の人間は4000年程度精神的な
存在となっているのである。
これは、
仏教で言うところの、解脱(成仏)とほぼ同じ概念となると思う。













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