空海はキリスト教(景教)そのもの

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空海の足跡をたどる歴史的な資料は結構多い。
調べればわかることなので ここでは詳細に書かない。

中国は仏教も景教も同時期に伝搬したようであるから
空海が渡来した時期も教会は存在した。

仏教は残念ながら西洋の合理的な説明の方法としての
哲学を吸収する時間はなかったらしい。(中国では)

空海が合理的な人間であれば仏陀の教えを一般庶民 至らしめるには
景教のごとく 合理的な説明と多くの奇跡が必要なことは
すぐに理解したであろうことは想像に難くない。

杖を突いたところから湯が沸き出る等の奇跡はキリスト イスラム ユダヤの専売特許だった。
それを見抜いた彼(空海)はちょっと昔の電通 や 博報堂である。

// 仏教の経典でも奇跡を扱っている経典があるが時代的疑問があるようである。///


つまり、一般庶民を相手に 物を売りつけたり、物騒な思想やいい加減な
論理を吹き込むには奇跡的な物語映像は最高の演出である。

今思うに 当時の電通や博報堂が 空海である。

釈迦の教えを理解させるに 経典一本やりでは不可能であること十分理解していたのである。

そこまで知っている彼のことであるから 当然キリスト教の短所も仏教のそれも理解
したいたに相違ない。
結論的に 神様を信じる ことの共通点を知っていたであろう。

輪廻転生を繰り返した高次なレベルの人間は理解できるがこれから理解しようとする次元の
低次な魂を救うにはとりあえず 事物を信じるとこから始めることが基本と彼は
おもったに相違ない。 信じるに値する奇跡(衝撃的な事象)によって人の意識を
目的に集中させた。
彼の密教はその手段だった。

世界三大宗教は 神様がいる と信じることから始まり そのかたは お一方しかいない
となる。 それが アッラー か ヤハウエ かである。
 仏教にはない神様だが
輪廻転生の彼方にこの世の存在を創造したかたの存在を否定しているのではないが
仏教では存在そのものは初めからあったとする。
 
量子論や素粒子論と同一 そうなってる。 としか表現方法が無い。
はなっからあった世界を無理に理屈をこねると矛盾が生ずることになり
各宗教での対立が生まれるのかもしれない。 現代の宗教対立は相対論(未来の結果を予測する。)
世界と量子論(未来は確率でしかわからない)世界の対立と相似なのであろうか。

これは 因果律を知る 人間にとって信じがたいもので
天才のアインシュタインも理解できなかった 宇宙の法則なのであろうか???





続く かも